山寺にかきこもりて、仏に仕うまつるこそ、つれづれもなく、心の濁りも清まる心地すれ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山にこもったり滝に打たれたりして、昔の人は精神修養をしたと伝えられています。厳しい修行の果てに悟りを開いたという宗教の開祖の話は説得力があり、悩みのある人や弱っている人などは、コロリとダマされてしまうのかもしれません。さて厳しい修行をしているとき、脳ではどのようなことが起こっているのでしょうか。ストレスによりアドレナリンやノルアドレナリン、ドーパミンなどのカテコールアミンに加え、コルチゾルが分泌されます。この状態が続くとコルチゾルは偏桃体や海馬に作用して情動を刺激すると同時に、CRH(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)を放出させ続けます。CRHニューロンにはバゾプレッシン(AVP)が共存し、CRHが分泌されるとAVPも分泌されます。そしてCRHは偏桃体や海馬だけでなく、帯状回も刺激します。すると鬱っぽくなったり、不安を引き起こしたり、嫌な記憶を思い出させたりします。さて、カテコールアミンはアミノ酸のチロシンから作られます。そしてコルチゾルはコレステロールから作られます。チロシンは必須アミノ酸ではないため、体内で作り出すことが可能です。またコレステロールも体内で作り出すことが可能です。しかしトリプトファンは必須アミノ酸です。そのためトリプトファンから作られるセロトニンは、カテコールアミンやコルチゾルに比べ、不足する可能性が高いのです。特に厳しい修行をしている状態では、食事もロクなものは食べてなかったと思われますので、セロトニンの不足は明らかだったのではないでしょうか。このようなことから、栄養不足の状態で厳しい修行を受けてストレスを感じていると、鬱状態になりかねません。またストレス状態だと、ご存じの通りグルタミンが不足します。グルタミンが不足すれば、グルタミン酸も不足しがちとなります。さらに栄養不足によりビタミンB6も足りなければ、それらを材料として作られるGABAも不足する可能性があります。GABAは抑制性の神経伝達物質ですが、これが不足すると神経が抑制されません。するとどうなるのでしょうか。何本もの川が流れているとイメージしてください。川には堤防があって、通常は水があふれ出すことはありません。しかし堤防の役目をしているGABAがなくなると、水があふれ出してしまい、何本もの川が網目のようにつながってしまいます。つまり、電話が混線したような状態になってしまうのです。鬱状態のときに、脳の神経が混線したら、どうなるのでしょうか。選ばれた人は、そこで「悟り」を開くのかもしれません。厳しい修行の果てに得られた悟りとは、もしかしたら栄養不足とストレスによるものかもしれないのです。なお幾つかのドラッグが引き起こす幻覚作用は、セロトニンの阻害によるものだという説や、ノルアドレナリンの知覚刺激反応を増強するからだという説、ドーパミンの過活動によるものだという説などがあります。ご参考まで。